訃報に寄せて

その本に本当の意味で出会ったのは、確か22才のころ。
大学を中退してはじめる事になった社会人に、全く馴染めてなかった5月の事でした。
前から存在は聞いていて一度読んでみようとは思っていたのだが、学生な時分ってこともあり、金銭的になかなか踏ん切りがつかなかったのが、読んでいなかった理由です。
そこで、お金が少し出来て真っ先に買ったのがその本。
行き帰りの電車で最新刊に追いつくまで毎日のように読んだことを記憶しています。

読み進めていくと、次第に自覚もなくその世界に引き込まれていきました。
ソノ前に読んでいたシリーズは、今で言うラノベに分類される作品でありながら、魂の呼応による性別を超えた愛を表現した非常に力強い作品だったため、まさか引き込まれているとは自覚出来なかったのかもしれません。
最新刊に追いつき一年くらいした頃、ある事がきっかけで自己嫌悪に陥る羽目となりました。
ちょうどその時、ある登場人物の身勝手さや乱暴な思考に、自分の身勝手さや乱暴な思考を重ねて共感し、また嫌悪感を覚え、その登場人物の成長がなくしては自己嫌悪感もなくならないと思い込み、その成長を切に願うほど、のめりこんだ時期もありました。

そう、その作品とはグイン・サーガ
かれこれ10年間、本編はもとより外伝や資料集、漫画、果ては作者自らの手による同人誌に至るまで、関連書籍を読んできました。

最新刊ではようやく、その登場人物…イシュトバーンが心の平静を得られそうな展開になっていて、ようやく私も妙な登場人物への束縛から解放されるかなぁと、ほっとしていたところでした。
栗本薫という作家自身、創作者と消費者の悲しき感情のすれ違いに大きな感情とエネルギーを費やしてきて、最近になって創作の世界への逃避的解消という形でようやく平静を取り戻したかに見えたわけで…。
そこに今回の訃報。
未だ信じたくない気分でいっぱいです。

「いや、天国にグイン・サーガを広めるために、ちょっと旅立っただけさ」とかいう、ステロタイプにかっこつけた見方はきっと栗本薫は最も欲しがってない考え方でしょう。
しかし、私は思わずにはいられないのです。
きっと、彼女は天国でも創作の手を止めないでいてくれるだろう。

ご冥福をお祈りします。